★「弥陀の一念の救い」ひとつを伝えられた親鸞聖人★
★★★
日本列島全体
いえ 世界各国から
あたたかい手が差し伸べられ、
このたびの東日本大震災で被災された皆さまを
応援しているように感じられます。。
★★★
富山のホームセンターや電気店などで
「単一の電池」が 売り切れていますのも、
いま、最も必要なところへ運ばれるためのようです。。
(ラジオには単一電池が多いですものね)
★★★
3月中旬というのに
こちらも 雪で ございます。。
避難所で 今晩も 寒い夜を過ごされている皆さま、、
謹んで お見舞い申し上げます。。
一日も早い復旧と
仏縁を、心より念じております。。
★★★
親鸞聖人が
ご活躍なされた
800年前にも、
災害や飢饉で大変な状況であったそうです。。
友人のブログで紹介されていたので
紹介いたします。。m(_ _)m
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1177年
当時の都であった京都の3分の1が焼失する大火災。
(※聖人4歳ごろ)
4年後の1181年から2年にわたって大飢饉が起き、
多くの死者が出ています。
干ばつ、台風、洪水が続き、疫病が流行り、
京都での死者は4万2千人余りという記録もあるそうです。
更に1185年、壇ノ浦で平家が滅亡した年に、
京都をマグニチュード7クラスの大地震が襲いました。
(※聖人12歳ごろ)
家屋が倒壊し、多数の死者を出し、この地震について、
『方丈記』には次のように記されていました。
「とてつもない大地震が起こったことがあった。
その様子は、想像を絶するものであった。
山は崩れ、土砂が河を埋め、海から津波が押し寄せ、陸地を覆った。
大地は裂け、水が噴き出し、大きな岩が割れて谷底に転げ落ちた。
波打ち際を漕ぐ船は大波に翻弄され、
道行く馬は足の踏み場に戸惑っている。
都のあたりでは、至るところ、寺のお堂や塔も、
何一つとして無事でないものはなかった。
あるものは崩れ、あるものは倒れ、
塵や灰がもうもうと煙のように立ちのぼっている。
大地が揺れ、家屋が倒壊する音は、
まさに雷鳴とどろく轟音そのものであった。
家の中に居れば、たちまち倒壊する家に押しつぶされ、
外に飛び出せば、大地が裂けている」
1230年には、
天候不順による大凶作が全国を襲い、
鎌倉時代を通じて最大規模の大飢饉に発展しています。
(※聖人57歳ごろ)
飢饉の状態は、1239年ごろまで約9年間続いたと言われ、
「天下の人種 三分を一失す」といわれたほどでした。
時代は移り、
蓮如上人の活躍された室町時代も、
大変な災害、飢饉に見舞われています。
1449年に
山城(京都南部)・大和(奈良)で大きな地震があり、
死者が多数出て、
大きな橋も地震によって落ちたとの記録があります。
余震が2~3ヶ月ほど続いたそうです。
(蓮如上人34歳ごろ)
また、京都では1459年、台風が直撃し、
賀茂川が氾濫して多数の家屋が流出し、
数え切れないほどの死者が出たほか、
飢饉がより深刻化した2年後の1461年には、
大量の流民が市中に流れ込み更に事態は悪化しました。
飢餓と疫病によって、その年、わずか2ヶ月の間に
京都で8万2千人の死者が出たと言われています。
(蓮如上人45歳ごろ)
その後、応仁の戦乱期へと突入していきます—-。
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★★★
現代と比較すれば
政治も不安定で
物質的な豊かさもなく
救済のネットワークもない中、、
悩み苦しむ人たちに
親鸞聖人や蓮如上人は
ひたすら
阿弥陀仏の一念の救いを
伝えていかれたことが知らされます。(>_<)(>_<)
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