★親鸞聖人の教えは「唯信独達の法門」★
★★★
有名な『歎異抄』に
「親鸞におきては
『ただ念仏して弥陀に助けられまいらすべし』」とあるので、
「ただ口で、南無阿弥陀仏と称えて」と理解して
「聖人は、ただ念仏を称えて救われたのだ」と
思っている人が非常に多いようですね。。(>_<)(>_<)
「ただ」の誤解が 甚だしい。。(>_<)(>_<)
★★★
しか~し!!
親鸞聖人の教えは 一貫して
「信心一つ」の救いなのです!
★★★
ゆえに
親鸞聖人の教えを
「信心為本」「唯信独達の法門」 といわれます。
★★★
その根拠は—-?
★★★
親鸞聖人は
『教行信証』にズバリ書いておられます (*^_^*)
★★★
「涅槃の真因は 唯 信心を以てす」
……浄土往生の真の因は、ただ信心一つである。
「正定の因は唯 信心なり」
……仏になれる身になる因は、信心一つだ。
★★★
蓮如上人も また 『御文章』に
繰り返し書かれています (*^_^*)
「祖師聖人御相伝一流の肝要は、ただこの信心一つに限れり」
(『御文章』2帖目3通)
「往生浄土の為には ただ他力の信心一つばかりなり」
……浄土へ往くには、他力の信心一つで、ほかは無用である。
(同 2帖目5通)
「信心一つにて、極楽に往生すべし」
(同 2帖目7通)
「他力の信心一つを取るによりて、
極楽にやすく往生すべきことの、更に何の疑いもなし」
(同 2帖目14通)
「聖人一流の御勧化の趣は、信心をもって本とせられ候」
……親鸞聖人の教えは、“信心一つで助かる”という教示である。
(同 5帖目10通)
★★★
誤解されやすい『歎異抄』ですが、
その『歎異抄』を総括する第一章には、
短い章にもかかわらず、 「信」 の文字が繰り返されています。
★★★
「往生をば遂ぐるなりと信じて」
「しかれば本願を信ぜんには」
「ただ信心を要とすと知るべし」
★★★
聖人の教えにとって、いかに 「信心」 肝要 か、明らかですね!
★★★
肝心の「他力の信心」「信楽」を知らずして
『歎異抄』を知ろうとしても、、
まさに
“木に縁りて魚を求むるがごとし” となってしまうのです。。(>_<)(>_<)
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