★悲劇の波 尊い仏縁と転じるように・・・

 ヤマボウシ(ふたご)

  

 

 8月30日、飛び降り自殺をした

 

 静岡の女子中学生 2人。。

 

 同じ小学校出身で 仲良しだったんだね。

 

 中日新聞では、

  「2人が抱き合ったまま転落した、との目撃情報もある」

 と、、、報じられていました。

 

 二人の通っていた学校の教頭は

  「(二人のうち一人の)不登校の生徒は、

 新しいクラスになじめなかったり、

 不登校にはいろいろな要因があったのだろう。

 

 担任が時々自宅を訪ね、様子をうかがっていた。

 もう1人は授業態度もまじめで、ノートも丁寧にとっていた。

 どうしてこんなことになったのか…」 と 声を落としていたようです。

 

 

 

 どうしてこんなことになったのか?

 

 その嘆きの源は どこに。。

 

 

 

 生命の尊厳を伝えたい。

 

  ……でも 伝えられない。(>_<)

 

 

 絶対あってはならぬ 自殺の

 その理由を論じたい。

 

  ……でも 論じられない。(>_<)

 

 そんな自己矛盾が 露呈するのかもしれません。。

 

 

 こんなニュースが報じられるたび、

 思い出すお言葉 紹介いたします 。。。

 

********************************

 

 中学生の相次ぐ自殺に、世間は大騒ぎ。

 学校が悪い、教師だ、親だ、社会だと、ケンケンガクガク。

 いずれにも問題があろうが、

 なぜか核心が抜けているから、不毛の議論が続く。

   『どんなに苦しくとも、なぜ生きねばならぬのか』

 肝心の、絶対あってはならぬ自殺の理由が、

 不思議なほど、全く論じられてはいないのだ。

 これでは有効な対策など知りようがなかろう。

 

  『あなたは自殺を、なぜとめる』

 

 

  『あなたは自信を持って、

 

    自殺をとめられますか』

 

 人類永遠の問いかけの勝縁とするならば、

 

 これら悲劇の波も尊い仏縁と転じよう。 

 

                        (『光に向かって心地よい果実』 高森顕徹先生著)

********************************

 

 

  

This entry was posted on 火曜日, 9月 1st, 2009 at 11:20 PM and is filed under 朋ちゃんのつぶやき. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. You can leave a response, or trackback from your own site.

2 Comments

  1. JJSG says:

    最後の2行、どういう意味でしょうか?

    難しいです。

    なぜ生きねばならぬのか。

    この核心が抜けた議論をいくら続けても、解決できない問題ですよね。

    ... on July 9月 2nd, 2009
  2. kitty says:

    JJSGさん★

    「悲劇の波」とあるのは、

    このころ、中学生の自殺が続いていたからですね。

    「あなたは自殺をなぜとめる」

    ……これは、人類永遠の問い、

    「なぜ生きるか」 ということですよね。。

    その大問題「なぜ生きる」を少しも考えず、

    「どう生きる」に振り回されているのが私たち、、

    「自殺」のニュースを縁に、

    この大問題「なぜ生きる」を、

    お互い、問いかけてみたいものです。。

    その答えは、お釈迦さまの説かれた仏法に

    明らかにされていますから、

    「尊い仏縁と転じよう」と、

    教えてくださっているのでしょうね。

    ... on July 9月 3rd, 2009

Post a Comment