★「自殺」で目覚める 東大生 !!

 

ピンクの花植木鉢

 

 

 「中外日報」って 知ってるかしら?

 仏教関連のニュースなど伝えている新聞ですね。

 そのリレーコラムで

 興味深い記事があったので紹介します (*^_^*)

  (ちょっと長いかも。。がんばって読んでね ♪)

 

 

 東京大学 大学院教授のSさんの投稿だよ。

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 「死生観」という話題は、

 「宗教」の解説をするよりも

 現代の聴衆を引き寄せる可能性が高い。

 

 だが、それでも目的意識が薄い大学生の向学心を

 よびさますのは容易でない。

 では、切り札はないか。

 

 大学の教室で退屈そうな学生を目覚めさせるのに

 効果的な話題を一つあげるとすれば、

 

 「自殺」 ではないだろうか。

 

 「安楽死」や「脳死」や「死刑」も

 それないに学生の関心をよびさます。

 だが、私の経験では「自殺」が一番だ。

 

 安楽死について話をするとすれば、

  「なぜ、死にたいという人を死なせてあげてはいけないのか」

 という問いに ふれないわけにはいかない。

 

 だが、この問いに出合うと、現代の若者は

 安楽死よりも自殺のことを思い起こすようだ。

 

「死にたい気持になったらそうしてもいいのではないか」

 —-自分が真剣にそう思ったことはないとしても、

 

 そう思う人が周囲にいることをよく知っている。

 

 そんなふうに感じられる。

 

 自殺とかかわりが深い うつ病についても、

 学生の関心は高い。

 

 生きる目的が見つからない。

 自分が今ここに生きていることに

 何らかの価値があるとは感じられない。

 

 ニヒルである。

 

 現代版のサムライ精神を描いた井上雅彦の

 『バガボンド』にも、主人公が両親を思い浮かべて、

 「何故俺を生んだのだ」 とつぶやく場面がある。

 

 他者から必要とされていない、歓迎されていないと感じており、

 自分を責め 疲れ 痛み果てている。

 だが、そのような側面を多少なりとも宿している

 現代の学生は、

 実は「死生観」とともに「宗教」にも すぐ誓いところに

 いるのではないか。

 映画やマンガやアニメ作品が、

 宗教ネタを盛んに取り入れる背景には

 こうした事情がある。

 だからこそ、大学生に広く「死生観」や「宗教」について

 教える必要があるのではないか。

 

 高校生や中学生に対しても、

 宗教・倫理・価値、

 また「生と死」や「いのち」について教え、

 ともに考える場をもちたいものだ。

                (中外日報8月18日号)

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 どう?

 

 「自殺」 は、若者にとって、

 非常に身近な問題なんだって 改めて知らされます。。ね。

 

 

 生きる目的が見つからない!!

 自分が今ここに生きていることに

 

 何らかの価値があるとは感じられない!!

 

 

  そんな悲鳴が 聞こえてきます。。

 

 『バガボンド』の

  「何故俺を生んだのだ」  のセリフも

   同じ叫びなのでしょう。。

 

 

 大学生に限らず、

 中学生や高校生にも、

 「生と死」「いのち」を教え、

 ともに考える場をもちたい と述べています。

 

 ぜひぜひ、そういう機会が生まれるといいですね。

 

 

 

 『なぜ生きる』 高森顕徹先生監修)の一節を

  聞かせていただきましょう。 (*^_^*) (*^_^*)

 

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 「そんなにまでして、なぜ生きるのか」

 人生の根底に無知であれば、

 ひとは死を選んでも決しておかしくないでしょう。

 

 一億円の宝くじの当選券を大事にするのは、

 一生働いても得られぬ価値があると思うからです。

 ハズレくじなら、ゴミ箱へ直行でしょう。

 

 割れたコップや修理のきかないパソコンなどと同様に、

 価値のない物は捨てられます。

 

 自分の生命が地球よりも重いと知れば、

 「ハズレくじ」を捨てるように、

 ビルからの投身も、

 他人の命を虫けらのように奪うことも、

 できるはずがありません。

 

 「人生には、なさねばならない目的がある。

 どんなに苦しくても、生き抜かなくては」と、

 生きる目的が鮮明になってこそ、

 生命の尊厳が知らされるのです。

 

 子供の相次ぐ自殺やエスカレートする殺人に、

 世の中は騒然としています。

 

 家庭の問題だ、教育の欠陥だ、少年法が悪い、

 病んでいる社会……解説は十人十色です。

 

 しかし「苦しくとも、生きねばならぬ理由は何か」、

 肝心の「人生の目的」が抜け落ちた議論がつづくだけでは、

 対策も立てようがないでしょう。

                         (『なぜ生きる』1部2章より)

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……写真は浄土真宗親鸞会 親鸞会館に飾られていたお花です……

This entry was posted on 木曜日, 8月 20th, 2009 at 7:43 AM and is filed under 朋ちゃんのつぶやき. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. You can leave a response, or trackback from your own site.

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